映画『蘇える金狼』は、40歳の若さで逝ってしまった不世出の名優「松田優作」の代表作の一つです。
「松田優作」の登場は、「松田優作」以前の日本映画・アクション俳優と「松田優作」以後の日本映画・アクション俳優に分かれると言っても過言ではない程の影響力があったと思います。
病を隠しながら撮影に臨んだ1989年の遺作『ブラック・レイン』で米国進出を果たした松田優作は、今も多くの日本文化、日本映画、日本の俳優に刺激を与え続ける存在です。
松田優作の魅力と80年代前後からの「角川映画」の魅力が詰まった映画『蘇える金狼』について語りたいと思います。
ご注意:この記事には、映画『蘇える金狼』のネタバレが含まれています。
映画『蘇える金狼』は、1979年に全国公開された日本映画です。メガホンを取ったのは『最も危険な遊戯』、『野獣死すべし』の村川透監督です。
原作は1962年から1964年に週刊誌に連載され、後に書籍化された大藪春彦さんのハードボイルド小説です。映像化の権利を角川書店が買い取り「角川映画」の代表作のひとつになりました。
主演は村川監督作品に多く主演し、当時30歳と俳優として脂が乗った松田優作さん、共演は風吹ジュンさん、千葉真一さん、岸田森さんです。
原作と異なり、主人公・朝倉哲也のビジュアルを昼と夜で大胆に変え、「コルト・パイソン」や「ワルサーPPK」など銃に拘ったガンアクション。
朝倉の乗るスポーツカーに「マセラティ・メラクSS」、「BMWアルピナB6 2.8」、「ランボルギーニ・カウンタック」を取り入れたスタイリッシュな映像美。
後に国際的なアクションスターとなる松田優作の魅力を存分に表現したスタイリッシュな作品に仕上がっています。
大企業「東和油脂」の経理部に勤める朝倉哲也、29歳。
補欠入社の彼は、ぼさぼさの黒髪、厚い黒縁眼鏡、うだつがあがらない地味な男性です。
昼食はカップラーメンを丁寧に食べ、定時にこそこそと帰る彼でしたが、会社を一歩出ると黒髪のウィッグと眼鏡をむしりとり、愛用のスポーツカーに飛び乗ります。
朝倉は夜になると野獣に変わるダークヒールでした、今夜も馴染みのジムでサンドバックを叩きながら自らの肉体を鍛え抜きます、その引き締まった身体は鋼のようでした。
朝倉が「東和油脂」に入社した真の動機は会社を乗っ取ることです。彼はその計画を密かに立てていました。
前夜の一億円強奪殺人事件の犯人も朝倉です。奪った一億円を元手に「東和油脂」の不正を暴き幹部達を揺すろうとしていました。
彼が情報収集のために目をつけたのは経理部上司小泉の「愛人」永井京子でした。
朝倉は次のステップのため、暴力団から麻薬を購入し、京子に近づきます。獣の体臭を振りまきながら、彼女を口説き、薬漬けにし、彼女の心と身体を掌握します。
警察が一億円強奪殺人事件の紙幣番号を把握していることを知った彼は、使えない一億円をヘロインに変えるため、麻薬を購入した組織に単身で乗り込みます。相手は朝倉を始末しようと飛びかかりました。しかし彼は敵を華麗に始末していきます。こうして麻薬は全て朝倉のものになりました。
その後、京子から聞いたネタ(情報)を元に「東和油脂」の幹部達を強請り、200株の大株主にまで一気にのし上がり――朝倉は自らの野望を成就させます。
社長令嬢とも婚約した彼の人生は順風満帆に思えるのですが――.。
今作の見どころの一つに松田優作が魅せる朝倉哲也の昼と夜の顔のギャップがあります。
昼は経理部に勤める地味で真面目なサラリーマンの彼は、黒縁眼鏡にわざともさっとしたウィッグで自分の牙を隠しています。しかし、定時から数時間後にはスポーツカーに飛び乗り、スラっとした美しい躯体と力強く鋭い瞳でサンドバックを叩いています。
それは性別年齢に関係なく多くの人を魅了する姿ではないでしょうか。
人は誰しもギャップに弱いものです。振り幅が大きいほどそうだと思います。
『蘇える金狼』の朝倉の夜の顔は、ひたすらクールで顔色ひとつ変えず、その肉体一つで敵を倒し全てを解決していきます。
究極の一匹オオカミです。
全ては自分の栄光と将来のためだけに行動する非情で貪欲な男です。
美しい女性にニヤケルわけでもなく冷たい表情で自分の欲望のためストイックにひた走るダークヒーローなのです。
『蘇える金狼』のもう一つの大切な見せ場に女優陣の体当たりの濡れ場シーンがあると思います。
誰もが『蘇える金狼』を見た時――京子役の風吹ジュンさんの綺麗なヌードに目が釘付けになることでしょう。
2人の絡みのシーンでは、性行為をしながら食事を摂るという「生と性」が野生的に描かれていて驚きました。
しかし、そのシーンについては注目されがちですが、朝倉が京子と愛人関係にある小泉にも麻薬を売り、彼を薬漬けにしていたことを知ります。怒りと絶望に包まれた京子を演じた風吹ジュンさんの演技は、『蘇える金狼』の見どころの一つです。
「お前と一緒に逃げるよ」と、嘘をつく朝倉に抱きしめられた京子は、彼の腹にナイフで突き刺します。意のままに征服した京子のまさかの凶行。朝倉は彼女の首を絞め――。 艶やかな姿と、心を許し愛し始めていた浅倉に裏切られた哀しみを見事に演じ切った風吹ジュンさんに心からの拍手を送りたいです。
松田優作さんは激しいガンアクションに挑戦しています。
『蘇える金狼』の制作が決まった時に「アクション映画の傑作を撮りたい!」という角川側の強い要望がありました。
松田優作さんは、撮影がはじまる約1年前から訓練を積み始めます。日本で拳銃は扱えないため、ハワイへ渡り実弾を5000発撃つ練習を受けます。
『蘇える金狼』で使われる拳銃は、海外アクション映画でお馴染みの銃が選ばれます。
1970年代の米国映画の代表作『タクシー・ドライバー』(1976年)などで描かれた銃の力と魅力と銃の力と魅力に取り憑かれた人間を伝えたいと力を入れたのかもしれません。
松田優作さんがコルト・バイソンを丁寧に磨き、組み立てする姿には海外映画のような趣があります。
銃やスポーツカーを登場させ、国際レベルの男臭いハードボイルドの世界観を描き出しています。
それらに応えるように松田優作さんも、銃と激しいアクションの訓練により、「野獣」と称するに値する鋼のような肉体を作り上げています。松田優作さんの俳優魂を感じずにはいられません。
映画の後半の朝倉が単身で激しい敵地へ乗り込むアクションシーンは大きな見せ場です。銃、パチンコ、消音機能を備えたサプレッサーで次々と確実に敵(獲物)を仕留めていくシーンは実に爽快でした。
しかし、強く非情な男が最後に辿り着いたのは「静かな狂気」でした。
先述しましたが『蘇える金狼』はハードボイルドアクション映画です。まさに「刺すような毒気がなくなったら男稼業もお終いさ」を体現するような激しいシーンが続きます。
ですが、騙され利用されていたと知った京子に、腹を刺されてからは雰囲気が一変します。
はじめて朝倉の表情にしっかり人間的な感情が出てくるのです。それは本当に求めていたものとは「京子」という存在であったことに気づいた瞬間が、京子の首を絞めて息の根を止めた瞬間だったからです。
本当に自分が欲しかったものを自らの手で失う。
朝倉は京子の骸を置いたままその場を去りますが、刺された箇所が深手となり出血が止まりません。
そして、身を隠すように、本当は京子に渡すはずだった逃亡用の航空券を使って飛行機に乗り込みます。
血の気の引いた朝倉の顔に驚きキャビンアテンダントから声を掛けられますが、朝倉はまるで夢遊病のように「なあ、木星まであとどのぐらいだよ、何時に着くんだよ」と譫言のように呟きます。
急に口に出てきた「木星」という言葉は、何を意味するのでしょうか?スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968年)シリーズからの着想(木星は第二の太陽となる。二つの太陽により地球には昼と夜が無くなる。)でしょうか?
神話からの着想により天の支配者的な存在、絶対的な王、を意識したのでしょうか?
京子の死を受け入れられないのか?死に様に見えた景色なのか?それは分かりませんが非常に意味深な結末です。
昼と夜の二つの世界に生きた朝倉哲也の孤独な末路は、これからも新たなファンを生み続けるでしょう。『蘇える金狼』は、時代を越える素晴らしい名作なのです。
<独自視点の日本名作映画 考察>
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